文献●●●○○
雪の出羽路・月の出羽路
江戸後期(1813年〜)
秋田県には、これまでに3件の足跡が記録されています。そのうちNaN%が、ときめきや懐かしさといった好意的な感情とともに残されたものです。
3件の記録
🖨 掲示用ギャラリー江戸後期(1813年〜)
秋田藩9代藩主佐竹義和の命により菅江真澄が編纂した地誌。雪・月・花の3部構成を計画し、各郡の風土・習俗・伝承を記録した。
あきた元気ムラ公式サイト
近世以降、2018年ユネスコ無形文化遺産登録
大晦日の晩、青年たちが鬼の面と藁蓑を着け「泣く子はいねがー」と叫び家々を巡る来訪神行事。怠け心を戒め豊作・豊漁をもたらす神として伝わる。
なまはげ館公式サイト、ユネスコ無形文化遺産登録情報
飛鳥時代(『日本書紀』658年の記事)
『日本書紀』658年の記事に見える蝦夷「恩荷」が地名の起源という説のほか、鹿が多く生息したことに由来する説がある。(単一情報源寄り:由来説は諸説あり未確定)
『日本書紀』、地名由来まとめサイト