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尾張名所図会(おわりめいしょずえ)(おわりめいしょずえ)
江戸時代後期編纂、前編1880年刊
愛知県には、これまでに3件の足跡が記録されています。そのうちNaN%が、ときめきや懐かしさといった好意的な感情とともに残されたものです。
3件の記録
🖨 掲示用ギャラリー江戸時代後期編纂、前編1880年刊
尾張国内の名所・旧跡・寺社・地名の由来・伝説などを挿絵入りで紹介した江戸時代の地誌。郡ごとに巻立てされ、各地の言い伝えや風俗も記録されている。
国立国会図書館デジタルコレクション、早稲田大学古典籍総合データベース
起源は天正3年(1575年)長篠の戦い、記録は大正5年(1916年)
長篠城の稲荷社に仕えていた狐「おとら」が長篠の戦いで鉄砲の流れ弾を受け左眼と左足を傷めたとされる。戦後に社が放置されたことを恨み人に取り憑くようになったといい、後に祟りを鎮めるため祠に祀られた。
Wikipedia「おとら狐」、早川孝太郎「おとら狐の話」『郷土研究』4巻(1916年)
由来伝説の記述は江戸時代
かつてこの地には牛馬を巻き殺すほどの大蛇が棲む池「牛巻淵」があり、退治された大蛇を埋めた場所が「蛇塚」と呼ばれ、その伝説が地名の由来の一説とされる。潮巻由来説、牧場由来説も併存する(諸説あり)。
名古屋市鶴舞中央図書館 レファレンス協同データベース回答、『新修名古屋市史』