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阿波志
江戸後期(寛政4年〜文化12年、1792〜1815年)
徳島県には、これまでに3件の足跡が記録されています。そのうちNaN%が、ときめきや懐かしさといった好意的な感情とともに残されたものです。
3件の記録
🖨 掲示用ギャラリー江戸後期(寛政4年〜文化12年、1792〜1815年)
徳島藩11代藩主蜂須賀治昭の命により儒学者・佐野山陰が編纂した阿波国の総合地誌。郡ごとに1巻を割り当て、地誌・寺社・城址・人物などを漢文で記録している。
Wikipedia「阿波志」
天保年間(1830〜1844年)を舞台とした設定
206歳の狸「金長」が恩人の染物屋を助けるため敵対する狸集団と戦い勝利するが自らも命を落とし大明神として祀られたという物語。江戸後期の写本や明治期の講談速記本に記録され、金長神社の社伝としても伝わる。
Wikipedia「阿波狸合戦」
奈良時代(『万葉集』にも詠まれる)
どの方向から見ても眉の形に見えることから名付けられたとされる。734年、聖武天皇の難波行幸に随行した船王の歌に「眉のごと雲居に見ゆる阿波の山」と詠まれており、この歌が眉山を指すとする説が有力視されている。
Wikipedia「眉山(徳島県)」(『万葉集』が典拠)