文献●●●○○
芸藩通志(げいはんつうし)(げいはんつうし)
江戸後期(文政8年=1825年完成、全159巻)
広島県には、これまでに3件の足跡が記録されています。そのうちNaN%が、ときめきや懐かしさといった好意的な感情とともに残されたものです。
3件の記録
🖨 掲示用ギャラリー江戸後期(文政8年=1825年完成、全159巻)
頼杏坪ら7名が編纂した安芸国広島藩の地誌。国名考・郡邑建置沿革考・風俗・物産・故事など広範を網羅し、江戸時代以前の安芸・備後の地理文化を知る一級史料とされる。
Wikipedia「芸藩通志」、国立国会図書館サーチ
江戸中期(1749年の体験、1783年書物化)
三次の下級武士・稲生平太郎が肝試しの百物語をした後、1か月にわたり毎晩魔王・物怪に脅かされたという実録怪異譚。国学者・平田篤胤が書写・秘蔵し、後に門下生が校訂した。
三次市公式サイト、Wikipedia「稲生物怪録」
戦国時代(1589年築城時)
太田川河口の広い三角州であったことに由来する地形説と、毛利氏の祖・大江広元の「広」と土豪・福島元長の「島」を合成したという人名合成説の2説が伝わる。
語源由来辞典、BEST TiMES「47都道府県地名の謎」