文献●●●○○
封内風土記
江戸中期(1772年成立)
宮城県には、これまでに3件の足跡が記録されています。そのうちNaN%が、ときめきや懐かしさといった好意的な感情とともに残されたものです。
3件の記録
🖨 掲示用ギャラリー江戸中期(1772年成立)
仙台藩4代藩主伊達重村の命により儒学者・田辺希文が編纂した官選地誌。全22巻、仙台藩最大の総合地誌とされる。
Wikipedia「封内風土記」、宮城県図書館
伝承(時期不詳)
北上川・迫川・伊豆沼周辺に河童伝承が多く残る地域。さいかち渕に河童の親子が住んでいた話、河童に引き込まれた兄弟や娘の話が伝わる。
登米市歴史博物館公式サイト「登米地方の妖怪〜河童」
伝承(平安期の人物に仮託)
坂上田村麻呂が蝦夷の頭目・大武丸を討ち取り、その首が飛んで落ちた地であることに由来するという伝承。別説として「鬼切辺」という古戦場名が転訛したという説もある。(単一情報源に近い:地名由来サイト中心)
Wikipedia「大武丸」、宮城の地域伝統文化ラボ